シン・レッド・ライン THE THIN RED LINE / 1998 / USA

STORY
1942年8月。アメリカ軍と日本軍は太平洋戦争の歴史の中でも、最も激烈と言われるガダルカナル海戦に突入した。度重なる海上戦と陸地での激烈な攻防戦。数メートル進むだけで多くの命が失われる最前線は、爆風と悲鳴と怒号に包まれる。だが、ひとたび目を転じれば、悠久の大自然が変わらぬ営みを続けている。
Terrence Malick's adaptation of James Jones' autobiographical 1962 novel, focusing on the conflict at Guadalcanal during the second World War.
- 監督
- Terrence Malick
- 出演
- Nick Nolte, Jim Caviezel, Sean Penn, Elias Koteas
REVIEW from 「文芸ジャンキーパラダイス」
2010年はNHKの朝ドラ『ゲゲゲの女房』が大きな話題になった。漫画家・水木しげる氏の戦争体験も細かく描かれ、異色の朝ドラとなった。水木氏は南方戦線に出征し、玉砕命令を受けて生き残ったことを糾弾され、さらには敵機の爆撃により左腕を失った。しかし、そのような地獄の日々であっても、南の島の美しい鳥類(インコやオウム)や花々を愛し、親切な現地人との交流によって人間性を保っていた。この話を聞いて真っ先に思い出した映画が『シン・レッド・ライン』だ。本作は南太平洋に浮かぶガダルカナル島で繰り広げられた日米の激戦を描いているが、切り口は普通の戦争映画とは全く異なっている。全編にわたって豊かな大自然を丁寧に描写し、主人公を置かずに天の目線で人間の営みを見つめている。from : 史上最強の超名作洋画ベスト1000
「海と陸はこんなにも調和しているのになぜ大自然の中で戦争をするのか」。こうしたアプローチの反戦映画を他に見たことがない。自然と共生する島民の暮らしに人間の原点を見たウィット二等兵(ジム・カヴィーゼル)が、脱走兵となって島の村で暮らすシーンから物語は始まる。ウィットは軍に連れ戻され、数日後に所属するC中隊は日本軍の防御陣地への攻略を開始する。指揮官のトール中佐(ニック・ノルティ)は出世のために功を焦り、滅茶苦茶な突撃命令を下す。兵は次々と戦死し、部下を全員失った斬り込み隊のマクローン軍曹(ジョン・サヴェージ)は「雑草だ…俺たち兵士の命は雑草と同じだ!」と発狂した。ウェルシュ曹長(ショーン・ペン)が瀕死の若い兵士に命がけで安楽死の薬を届けると、若者は涙ながらに感謝し「さようなら…曹長…さようなら」と別れを告げた。ウェルシュの行為を“勲章ものだ”と誉める上官に「勲章など申請しやがったら、すぐに曹長を降りる。勲章だと?くだらねえ!」と彼は吐き捨てた。ケック軍曹(ウディ・ハレルソン)は手榴弾が爆発する前に身体で覆い被さり、命と引き換えに仲間を救った。再三にわたって突撃指令を下すトール中佐に「2年半も一緒の部下を自殺に追いやれません」と懲罰覚悟で命令を拒否した中隊長は、解任され母国へ送られた。戦闘は佳境に入りジャングル奥地の日本軍本拠地をついに陥落。捕虜になった日本兵は戦友の亡骸を抱きしめて嗚咽し、ウィットは胸中で神に問いかける。「人を戦わせる悪はどこから来たのだろう。いつの間にこの世にはびこったのか。どんな種から、どんな根から育ったのか。誰の仕業だ?幸せを奪い面白がっているのか。俺たちの死は地球の糧(かて)になるのか。草を成長させ太陽を輝かせるのか。あなたの中にもこの闇が?この闇を経験しましたか」。決戦後、C中隊には一週間の休暇が与えられたが、兵士たちはフラッシュバックで甦る戦闘の記憶に苦しむ。「こびりつく戦闘の恐怖。この恐怖に慣れることはない。戦争が人を気高くする?人間をケダモノに変え、そして魂に毒を盛る」。死んだ日本兵から金歯を抜いていたある兵士は、捕虜から「貴様も…いつか、死ぬんだよ…貴様も…死ぬんだよ」と囁かれ、その言葉が耳を離れず心のバランスを失う--。
戦場は南太平洋の楽園。ひらひらと蝶が飛ぶ中を突撃する兵士たち。超人的なヒーローは登場せず、銃火に混じって挿入される透き通った海や緑の美しい光景が、凄惨な殺し合いを続ける人間の愚かさを際立たせる。有名俳優が多数出ているが、ヘルメットを被れば誰が誰か分からなくなる。それは、兵士たち全体を1個の生命体と見なす監督の意図だろう。
戦闘中の映像は実にリアル。だが、他の戦争映画が目指した、腕が飛んだり内臓が出るといったリアルさではない。地面に伏している兵士が目の前の“おじぎ草”に指を触れたり、砲撃で巣から落ちた一羽の雛が映ったり、死にゆく兵士の視点で見た草や青空など、今まで誰も描かなかった戦場のリアルさだ。日本兵をことさら邪悪に描くこともない。
タイトルは米国の諺、「正気と狂気の間には細く赤い線があるだけ」からきている。映像から伝わってくるのは兵士たちの内面のヒリヒリとした“痛み”。もっとも印象に残ったのは、戦友の死を看取る際のウィットの表情。通常の戦争映画では「畜生!必ず仇を取ってやる!」といきりたつ場面だ。ところがウィットは悲しみつつも静かな笑みをたたえた。これは衝撃的だった。自然の一部に還っていくことを祝福しているのか、生の苦しみから解放され楽になったと思っているのか、解釈は色々あるだろう。いずれにせよ、友の死に優しい眼差しを向けた戦争映画は初めてだった。約3時間の作品だがクライマックスが中盤にあるため、残りの1時間が長く感じられる。しかし、それは終わりの見えない戦いの日々を体感させるものだ。
音楽についても特筆したい。冒頭でフォーレのレクイエム「天国にて」が流れ、戦闘シーンに勇ましいBGMはなく、勝利のファンファーレもない。決戦後に流れていた曲は、チャールズ・アイブズの『答えのない質問』だ。ずっと流れている鎮魂歌のようなハンス・ジマーの音楽が胸に染みた。
監督は映像詩人テレンス・マリック。前作『天国の日々』の映像美が各方面から絶賛されたが、その後20年も沈黙。本作でカムバックした際はスピルバーグをして「私はずっとマリック監督の復活を待っていた」と言わしめた。俳優たちは出演を熱望し、ハリウッド映画で主役を務めるスター男優たちが結集。ショーン・ペン、エイドリアン・ブロディという2人のオスカー俳優の他、ジム・カヴィーゼル、アントニオ・バンデラス、ジョン・キューザック、ニック・ノルティ、ウディ・ハレルソンら実力派が中核となり、ジョン・トラボルタやジョージ・クルーニーが脇を固めている(この2人はノー・ギャラという噂。ブラピやレオ君も出演を希望したが断られたらしい)。信じられないほどの豪華な顔ぶれ。勇敢な米兵の英雄物語ではなく、退屈と批判されることも恐れずに娯楽性を完全に排除した本物の戦争映画。あらゆる意味で前代未聞の戦争叙事詩だ。
※ベルリン国際映画祭(1999)金熊賞。ノミネート…アカデミー作品、監督、脚色、撮影、音楽賞/NY批評家協会賞(1998)監督賞、撮影賞
*本レビューは、「文芸ジャンキーパラダイス」管理人様の許可を得て転載しております。